元うどん

真面目です。

文化資本とネットの移り変わりについて

両親の愛読書なのか、床にはよく雑誌のビッグコミックスピリッツが転がっている。テレビ見て酒のんで寝ているか、仕事で家にいない。映画も見ない。博物館や美術館も行かない。昔には父は油絵を描いていたが忙しくて辞めた。父と兄と時々ファミコンの人生爆笑劇場と桃鉄で遊んだ。地味な文化資本だった。

漫画と本は、頼めば買ってくれた。ドラえもんおそ松さんあさりちゃんお父さんは心配症王家の紋章オバQ星新一筒井康隆クレヨン王国、ぼくは王さま、図書館にもよく連れて行ってくれたので民話童話等やたら本を読んだ。

 

ファミコン*1は兄弟とお年玉で買った。ドラクエやFF、ソフトはお年玉かクリスマスプレゼントの権利を使って買った。他のゲームのソフトはわんぱくこぞうの安売りワゴンをあさってお小遣いで買った。

ウィロー、ビジネスウォーズ 最強の企業戦略M&A、時空の旅人、チャイルズエスト、ケムコのソフト、貝獣物語、スーパーピットフォール、ラビリンス。ラインナップむちゃくちゃ。とにかく動いてゲームであれば、どうクリアするかを考えて実行する。

娯楽に飢えていた。

 

現在の消費はコミュニケーションのためという目的を過分に含んでいる。

ファスト映画、アニメのリアタイ視聴、Twitterの相互フォローとのやり取り。娯楽の消費はほぼコミュニケーションとセットになっている。私自身ホラー映画をよく見ていることを以前にブログに書いたら、恋人の影響ですか?キャラ付けですか?と言われたことがあった。

"コミュニケーションのための娯楽"なのですか?と問われたのである。

 

BLはここ数年少し嗜むようになって、解釈や二次創作をリアルタイムにやり取りするのはコミュニケーションとして楽しいことだな、とは思った。pixivやTwitterなどで即時に絵や漫画や文のやり取りがされ、タグやリツイートなどで共有され、コミュニティが形成される。

提供側ももちろんそれを見越しており、どう使うか考えられているグッズ、キャラクタの組み合わせがシャッフルされている雑誌の表紙、マーケティングも相当されているだろう。

 

一人で延々ゲームしたり本を読んでいた時代の子供からすると、娯楽がたくさんあり、可処分時間の取り合いをしてくる今の娯楽は、胃もたれする時がある。私みたいな偏屈には少し疲れる。盛り上がれ盛り上がれ繋がれ繋がれと圧力を感じる。

ネットの片隅の誰が書いたかわからないコピペ一つで勝手にゲラゲラ笑っていた方からすると、数万RTされしものが毎日何個もきたらそういうものを探す時間は無くなる。資本主義にやられた…。*2時代の移り変わりを感じる。

 

 

 

中高生になって博物館や美術館に行事や部活で行った。社会学や人文学や心理学、美術に興味があるので面白かった。図書館でもそのあたりの分野の本を時々読む。ただ面白くて読む。日常生活に特に還元はしない。

 

ノリで読みました。

*1:家庭用ゲーム機

*2:いやまあアメーバとかクルーズとかたぬきとか読んでるけど