元うどん

真面目です。

7人ポッキー

子供の頃に7人ポッキーの一人になってしまった。夜中に目が覚めたら何故か近所の神社にいてポッキーを一本手に持っていた。ホラーだ。

隣の席のAくんも7人ポッキーだった。

ある日、学校の机に出した自分のポッキーをAくんは私に見せてくれた。その後、勢いよく折った。Aくんは私の方を見てどうだ!と笑った。Aくんの背骨も乾いた音をさせながらポッキーと同じ向きで折れた。音はしなかったが私の心も折れた。ホラー。

ありがたい7人ポッキーになった名誉と本人を失ったAくんのお母さんは葬式で泣き崩れていたそうだ。その後のAくんのお家は、家業の金メッキ自転車屋の経営がうまく行かなくなり、夜逃げした。

私は震え上がり、また事情を知る親からも優しい圧力があり、ポッキーを大事に保管した。綿でくるんでゾウが踏んでも壊れない筆箱にいれて父が持ってきた手提げ耐火金庫に入れた。

 

7人ポッキーは古くから受け継がれており、このような場合は7人ポッキーが死亡すると言う、べからず集が神社に伝えられていた。それのコンビニコピーを近所づきあいのうまい母に入手してもらい、7人ポッキーとして私は順調に生き残ることができた。

 

私の生活はとても順調で進学や就職と努力せず上手く行った。ポッキーの加護であるそうだ。

 

学生の頃に友達の紹介で恋人と出合った。しかし付き合ってからも片時もポッキーのことを忘れたことはなかった。

 

ホラー映画だと秘密を話すとだいたい恋人が好奇心で折る。背骨ポキー。しかし話さないといつか見つけて折る。はいポキー。どっちにせよ折りに来る。それがホラーにおける恋人。何にせよ恋をするとステージが切り替わる。恋人ができた時のことはべからず集には書いていなかった。

 

神社のエザキ宮司に聞きに行こうか?これもホラー映画らしいルート。謎を知る人物に聞きに行くターン。でもこれはだいたい裏目に出るやつ。聞きに行かなければ何も起こらないのでは?ホラー映画で考えるのが間違ってるの?私は悩みに悩んだ。

ポキーしたくない。

 

 

悩んだ結果、恋人がエスパー魔美の高畑さん並に頼りになるパターンにかけた。恋人は7人ポッキーのべからず集を熱心に読んでいた。こいつは頼りになるタイプだ。一緒に解決してくれるタイプの相棒。

この場合ホラー映画はかなりヒロインにとって楽になる。相棒が死ぬパターンも多いが…二人で手に手を取ってハッピー脱出パターン……あれ?そんな映画あったか…?うーんうーんと悩んでいると、恋人が話し始めた。

 

「呪いの解き方がわかったと思う」

「呪いなのこれ?」

「そりゃ明らかに呪われてるよ…恩恵って言ってもどうだかわからないし」

証明できないからなあ。

「ポッキーを食うな、とは何故か書いてない、そもそも食品なんだし食べればいいんだよ」

 

厳重な封を解いて出したポッキーは新品同様だった。それに恋人はどこから取り出したのか金箔を巻いた。これは金メッキ…!

はっと恋人を見ると、彼はAくんのことを話し始めた。ホラー映画では過去が追いついてくる。登場人物が少ないから出てきたやつはほぼ再利用される。彼は年の離れたお兄さんだった。夜逃げで結局お父様お母様は離婚されていたので私は名前がわからなかったのだ。これもよくある。

「これは金メッキじゃなくて金箔を巻いたんだ、A…も浮かばれる…だから食べれる…。呪いを解いてくれ。」

供養になるか?食べれるのどういう理屈?と思いながらポリポリとポッキーを食べながら私の背骨も端からショリショリとイっちまったらどうしよう…と私は思ったが、何も起こらず古いポッキーを私は食べた。腐ってなかった。

「助かったのかな…私の背骨何にもなってない?」

「…きっと…骨抜きにされたからだね!」

そうして私は幸せなキスを恋人としたのだ。おしまい。ラブコメ