元うどん

真面目です。

食べすぎ孫娘

孫娘が高等学校の帰りによく家に来る。少し前に再婚した親たちに遠慮しているのだろうと思い、来るたび毎日もてなしていたが、だんだん様子がおかしいことに気づいた。やたらと食う。セブンティーン用緊急避難セットの食事・おやつ・炭酸飲料が毎日大量に人体に吸収され消える。孫娘の部活はセグウェイチアリーディング部であるので頭脳労働は多いらしいが本人はあまり動かないそうだ。

今日も孫娘がやってきた。どうでもいいソーセージを食べながら玄関の引き戸をガラガラと開ける。

老齢になってから、夫が着流しを着はじめてそばを打ち始め絵画教室に通い始めた。長年、流通関係の管理責任者をしていた夫はインテリゲンチャに憧れをいだいていた。縁側で猫を撫でながら小難しいことを言う老人になりたかったらしい。大きな木造の家が建った頃に、夫は誤嚥性肺炎を起こして坂道を転がるように要介護になり縁側の和室で消毒液と薄い糞便の匂いに包まれながら日中は電動ベッドの上で寝ている。猫はいない。憧れの日本家屋はホラー映画好きの私からするとリングの旅館のようだ。井戸も掘るべきかもしれない。役に立つこともあろう。

孫娘はやたらと食べた結果、順調に体重が増えた。BMI値も鯉の滝昇りのように上がり、容姿も随分変わった。長いキューティクルの揃った黒髪は美しいままだが、手に至ってはまるでクリームパンのようになった。赤子の手にも酷似しているな、と私は思ったが、古い記憶にある赤子の手は娘のもので孫娘の手ではない。

私は何も言わずに今日も孫娘に食べ物をこんもり与えた。何かの理由があって肉の鎧をまとうことを選んだのだろう。幼少の頃からのやり取りから彼女はロジスティクスセブンティーンであると確信している。馬鹿ではないのだ。子供らしい愚かな部分はあるが。一緒に住まないか、と何度も言ったが介護中の私を気遣ってか、孫娘は我が家に住む気はないようで曖昧に返事をしなかった。

子供は大人から見ると、経験からの差異か、虫食いのように物事を理解している。正解を弾き出すこともあるが、なぜそんな持って回ったことをした?と疑問に思うようなこともする。それしかないと思ってする。誰かの壊れた幻想を守るためであったり外への極度の恐れであったり有り得ないロマンチック頼みだったりする。

「あの小さいカメラな、用意しといたで」

「ありがとうばーちゃん」

「あとな、あの保険屋もあんたのおかあはんとこに行かしといたわ」

「おかあはんて…実の娘なのに遠くない?」

「娘やから遠いところもあるんやで」

来年になったらもう少しみんな身軽になるだろうか。