父が死んだ

そういえば、去年、父が死んだ。

父は、学生の頃は私と同じく絵が好きだったが美大にいけず他に行った。自身の両親を大層恨んでいて家で酒を飲むと愚痴っていた。いわく。長男なのに可愛がられなかった弟の方が可愛がられていた学費も何も出してもらえず妹の学費まで何故だか必死に働いて自分が払うことになった。地獄である。その父の妹を描いた油絵があった。ほこりを被りつつも長いこと飾られていた。家を建て直す時に父が捨ててしまったそうだ。他の絵もいつの間にか全て捨てられていた。私の描いているアニメイラストを見て「おまえ、パンツの出ている絵を描くのはけしからんぞ」と言われた。私はパンツ程度では全く卑猥と思わぬ駄目なオタクであった。うんこしている絵を描く羽目になったこともあります父さん、と返事しなかった。父に言ったら卒倒する。「そうですね、全くそのとおりだ」と答えた。万事そのように私は父と会話していた。私はまともな回答をしない。もしくはまともな最小限の回答しかしない。

 

学生の一時期、私は不登校気味になった。できない。だが父は行けと言った。「明日は行く」と謝り、次の日行かなかった。もしくは行ったふりをした。父はもちろん怒り狂い「お前のようなバカは家を出て行け」と言った。夜中トボトボ家を出て歩くと、怒って連れ戻され説教された。「明日行きます」自分はゴミでクズで阿呆でブスでデブでバカで人とうまく関われない。学校に行くとそのことに直面しないといけない。耐えられない。と説明すればよかったが直面できない奴が説明できるわけがなかった。死ぬと死ぬのか?本当か?直面できないやつが直面できないと説明するために直面できるのか?父も大変だ。なんでいかねーんだ。解らない。学校に行くのは当たり前だ。学費もかかってるんだぞ。何故行かないんだ。解らない。解ったところで、じゃあダイエットか整形か成績優秀か友達百人おにぎり地獄か。そしたら解決か。勝てばいいのか。「もうお前みたいなクズは学校を辞めちまえ」と父がいう。全くそのとおりだ。よし「辞めたい」と言うと怒られた。「辞めるな」「学校でなくてどうするんだ」どうするんだ。解らない。全くそのとおりだ。死ね。死ねばいいのか。自殺か。それも多分困るだろう。エイトシャットアウトだ。小さいころからの積み重ねで、人に何かを話さない人間になった。自分が何を考えているのか解らない上に理解してもらえると思わないからだ。全くそのとおりだ。

 

 今や娘は立派なオバサンになった。変わらずゴミでクズで阿呆でブスでデブでバカで人とうまく関われないかもしれない。

 

実家を十数年はなれていて帰ってきた娘、は、当初、父にとって単なる娘であった。高校生の頃から更新されていなかった。あれこれ指示し、あれこれ干渉し、ある程度とはいえ、自分の思うように扱おうとした。しかし今や自我を持ち、まともに返答をせず、しかし相互理解をしない娘は他人である。「あ?学校?行かない」もしくは「行く」私が行かないといったら私は行かないし、私は行くと言ったら自分で行くのです。相談相手はあなたではない。いまや、娘は他人である。父が理解するまで二三年、かかったようだ。あえ?言うこと聞かせたかったら金ください。いえ?家に住まわせてやってる?いつでも出ていきます!うえ?どれだけ金がかかろうと他の人に迷惑がかかろうといやんなったらいつだって出て行きます。そんなことで何で言うことを聞かなくちゃいけないのか解りません。ええ、感謝はする。見返りが無いのがいやなら、優しくしなくていいです。家事もするし家にお金は入れるしお帰りは言うしご飯作るしお茶くらい入れるけど。汝の隣人を愛せよ。オエーッ!

意思を持ち、主張し、責任を持つ。いやあんま持てないけど。自分のことを立派な大人とは到底思っていないが、父は大人扱いをするようになったと思う。

相互理解の壁ができ、距離感が発見され、人間関係の溝ができた。私からは、毎日ごちゃごちゃ顔を合わせて喋るのめんどくせえな、という距離だった。一緒に住む必要あるのか?さぁ?でも親切にはできる。マンガは貸し借りした。感想戦は喧嘩になったので聞かない。ただ貸した。

 

多分、父は私のことをあまり理解せず、そのまま死んだ。私も父のことはよく解らない。五年十年と父が生きていても相互理解は無理だっただろう。

 

ただ自分なりに大事にしてくれていることは解った。不器用な人ではあった。変なオッサンでもあった。言うことを聞かなくても、特に役に立たなくても、お互いに理解できなくても、それでも私は大事な娘だったんだろう。それでも時々侵入的だったり失礼であったりしたが。解らん。

ただただ、ありがたい父であった。